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「はじめはネコ探しだったんですよ」
ハンター本部の武器倉庫にて、二岡は隣の花魁に力説していた。
花魁と言っても、女性ではない。
いかめしい顔、鋭い瞳、鉄筋のような腕、雄牛のごとき足。たくましい体には無数のキズが走っている。誰がどのように見ようとも、百戦錬磨のタフガイである。それが花魁の意匠をまとっていた。
彼は、二岡の話をいちいち頷きながら聞いていた。
「それが何故か殺し屋に狙われて。挙げ句の果てに胸に一発ぶち込まれましたよ。空奈ちゃんが渡してくれたラッキーアイテムのおかげで助かりましたけどね。もうちびりそうでしたよ」
ちなみにラッキーアイテムは鉄板を挟んだ手帳であった。
「ひどい話だと思いませんか花さん!」
「なるほど。てめぇさんがご機嫌な一日を過ごしたのはよお〜くわかった。だがな」
ばきっ!
「ぐは!」
「俺のことはお花さんと呼べと言っただろうが!」
「す、すいません!」
殴り飛ばされた二岡は、ぺこぺこ謝った。
武器倉庫の主ことお花さんは、始め花さんと呼ばれていた。しかし華という女性がやって来て、このままではややこしいからと、呼び名をちょっとだけ変更したのだった。
「でよお、二岡。こうなっちゃあやっぱお前も武器って奴を持った方が良いと思うんだがな」
「で、でも俺その、武器はちょっと……」
二岡は顔を引きつらせた。お花さんはとても親切で、どんな相談事も親身になって応えてくれるが、ことあるごとにこうして武器の所持を勧めて来るのだ。もちろん、実際に持つわけにはいかない。
なぜなら……。
「おめえみたいな若い奴はよ、派手なのが良いんだろ? スパスあたりではどうだ?」
「ショットガンじゃないですか!」
そう、銃器を勧めてくるのである。二岡は公務員ではあるが、警察でもなければ自衛隊でもないのだ。
ちなみに、千景に重火器を手配したのも彼である。
「ちっ。じゃあ、パイナップルはどうだ」
「え、おいしそうだな……って手榴弾じゃないですか! そんな危ないものいりません!」
などとやっていると、何者かが近寄ってくる足音が聞こえた。
かつんかつん。軽い音。
二岡が音の方を見てみれば、喪服みたいなツーピース姿の少女、影鳥空奈だった。二岡のアシスト的存在、ということになっているが、その実態はトラブル専門の招き猫である。
彼女は礼儀ただしくお花さんにお辞儀をすると、二岡の方を向いて、にんまりと笑った。
「さあ二岡さん、お仕事の時間よ」
「……へーい」
二岡は仕事をする前から疲れた顔をしてよろよろと歩き出し、空奈がそれに続く。
後に残されたお花さんは実に楽しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「ありゃだめだ。手綱取られてらあ」
さて。本部の最寄りの町を、二岡と空奈はうろうろしていた。パトロールのためである。
車ではなく徒歩なのは、そこら中で道路工事が行われているからだ。天気も良く、そんな日はのんびり散歩するのも悪くない。もちろん、仕事を忘れない程度でではあるが。
年の初めなだけあってか、町は結構なにぎわいである。しかしこんな所に華代が出てきたらもう、考えただけでも大変だ。もしも百人規模で被害が出たらどうしようなどと、二岡は今から胃を痛めていた。もちろんそんな大きな事件が起きるのは希なのだが。
ちなみに空奈は、何か小物を見つけては、二岡に「あれ買って。貴方のおごりで」などと言っていた。
「あーもう。何事もなくすぎてくれよ……」
二岡が休憩がてら、自販機で購入したカフェオレを飲みつつそういうと、
「無理だと思うわ」
空奈はやはり自販機で購入したお汁粉ドリンクを飲みつつさらりと断定した。
「そうなんだよきっとなんか起こるんだようわーん!」
空になった缶をかごに投げ込みつつ、二岡はやけくそ気味に叫んだ。
親子連れがひそひそし話ながら側を通過していったが、恥ずかしがる余裕もない。
「ううっ……」
腹を押さえながら道を行く。
なんとなく裏通りに入ってみると、そこは表通りとは違って閑散としていた。
「ここは静かだなあ」
「そうね」
空奈が、ほっとした様子で頷いた。どうやら彼女は人混みが苦手らしい。
ほどなく、信号機に捕まって立ち止まる。
車は通らないし、人もいない。
二岡は赤信号を見つめながら考える。
(信号無視しても咎められないな)
すぐに首を振って考え直した。子供の前で不正をするなと。
我ながらまじめだなあなどと思いながら向かいを見て、気がついた。
「あれ?」
向かいに、人がいた。
誰もいなかったはずなのに、その人は立っていた。
線の細い人だ。年の頃は、二十歳前後か、あるいは三十路前後にも見える。背はそこそこ高く、自分と同じくらい。男性のようにも女性のようにも見える中性的な顔立ちで、見た目の丸みからおそらくは女性だろう。黒い衣装に身を包み、黒いトランクを右手に下げていた。
しかし、二岡は訝しんだ。この希薄さはなんだろう。ホログラムを見ているかのようだ。
あの人は本当に存在しているのだろうか。
やがて信号は青になり、その人は歩道を渡りだした。
慌てて二岡も歩き出し……、エンジン音を聞いた。
「え?」
どん。
次の瞬間、向かいの女性は信号を無視して突っ込んできた車にはねられた。車は何事もなかったかのように去っていってしまった。逃げたと言うより気がついていないと言った感じ……いや、そんな馬鹿な。
「あ。あわ。わわわわ!」
二岡は慌てて駆けよろうとして、空奈に袖を掴まれていることに気がついた。
彼女は、倒れた女性を凝視していた。僅かに震えている。
「空奈ちゃん?」
呼びかけると、彼女ははっとして、手を放した。
「ごめんなさい」
二岡は逡巡したが、空奈を励ますように肩をぽんと叩いて、女性の所へ駆け寄った。
「あああのだいじょぶでぃすか」
ろれつが回っていなかった。
「ああ……うん。大丈夫。怪我は……無いみたいだよ」
女性は、身を起こしながら服に付いた埃を払い、ハスキーボイスでそう言った。
「え、車にはねられたのに……」
「まあ、馴れてるからね……。自然に受け身とかうまくなるんだよ」
女性は遠い目をしている。
しかも馴れているときた。もしかして、こういうのが日常茶飯事なのだろうか。
だとしたら、なんてデンジャラスなんだ。
「それはともかく、心配してくれてありがとう。同僚にこんなに心配されるなんて初めてかもしれないなあ……」
なにやら感激しているらしい女性に、二岡は首をかしげた。
「だってきみ、23号だろう? 二岡くんって言った方が良いのかな」
「な、なんで俺の名を!?」
「なんでって……。ああ……やっぱり知らないんだ僕のこと……」
いじける女性を見て、二岡は慌てて記憶を探った。こんな人知り合いにいたっけ?
「それじゃあ、俺はカルボナーラで」
「私はオムライスにしようかしら」
「僕は……カレーライスにしようかな」
ファミレスの端っこの席にて。
ウエイトレスさんに注文をすませた後に、二岡は話を切り出した。
「本当に、警察に届け出さなくて良いんですか臼井さん?」
二岡は、珍しくぷりぷり怒っている。
「いいよ。今更だし」
しかし車にひかれた当人である、ハンター96号こと臼井黒影……今は半田黒子……は、肩をすくめてそう言った。
あの後、二岡は体をねじりながら臼井のことを思い出そうとしたが、ついに自力で思い出すことはなかった。しかし空奈は知っていたらしく、彼女の名前を教えてくれた。なんでも、千景が独自に情報収集してまとめたハンター名簿に載っていたらしい。
二岡が入社した当時にもらったハンター名簿には、臼井の名前は載っていない。編集者は臼井の存在を忘れていたようだ。
臼井はとても影が薄く、ハンターの中でも古株にもかかわらず、知らないと言う人が多いそうだ。冗談みたいな話だが、こうして目の前に座っているのを見ても立体映像を相手にしているかのような存在感のなさなので、ついつい納得してしまう。
臼井は中性的な美人さんで、これは美人そろいのハンターの中では珍しいタイプだから、もう少し目立っても良さそうなものだ。それでも目立たないのはきっと、そういう星の下に生まれてしまったせいなのだろう。
ちなみに二岡が、彼女のことを黒子さんではなく臼井さんと呼んでいるのは、彼女が「僕ってよく性別変わるから」と言ったからである。常人からすればとんでもない台詞だが、そういうのが専門のハンターである二岡は、すんなり受け入れた。細かいことを気にする人は、とてもハンターをやってはいけないのである。
それはともかく、あの車だ。
まったくひどい奴もいたものだと、改めて憤っていると。
「大丈夫よ。あの運転手はそのうち報いを受けるから」
「へっ?」
そんなつぶやきが聞こえて、二岡は隣に座る空奈を見た。彼女はちらりと此方を見ると、すぐに目をそらした。
「?」
「世の中そういうものでしょう」
此方の疑問を察したか、彼女は僅かに首を振った。普段から愛想のある子ではないが、今はとても素っ気ない。
そんな彼女の態度に、二岡は、不思議に思った。
考えてみれば彼女は、ここへ来てずっと同じ方を向いている気がする。
何か面白いものでも見つけたのだろうかと考えたが、平凡な風景が広がっているだけだった。あるいは、彼女にしか見えない幽霊みたいなのがいてそれを観察しているのだろうか。いや、それはないだろう。無いと信じたい。
今度は臼井に目を向ける。彼女は此方を見ていたが、すぐに目をそらした。空奈が目を向けている方とは別の方へと。
それで二岡は気がついた。二人が今、醸し出している雰囲気はよく似ていた。それは学生だった頃に、教室の片隅で感じた覚えのあるものだった。
そうだ、クラスに一人はそういった人がいたものだった。
(この子……ホントは人見知りする子だったんだな)
挨拶をしっかりする子だったので、今まで気がつかなかったのだ。
そして臼井もまた内向的な性格らしい。
やれやれ、ここは俺が何とかしなくっちゃな……と正義感に燃えていると、ウエイトレスさんが料理を持ってやってきた。
「お待たせいたしました。カルボナーラのお客様」
「あ、はい」
二岡は皿を受け取って、自分の前に置く。
「オムライスのお客様」
「はいはい」
やっぱり二岡が皿を受け取って、空奈の目の前に置いた。
「以上でよろしかったでしょうか」
「え、いや僕のカレー……」
一人だけ注文が届かなかった臼井が声を上げた。しかしその言葉は聞こえなかったらしい。
「ではごゆっくりどうぞー」
「あのその。おーい」
ウエイトレスさんは無情にも背を向けて去っていった。
失礼ではあるけれど、本当に影の薄い人だなと二岡は感心してしまった。
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