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それから2時間後。
ロビーにて、仕事から戻ってきたイルダに遭遇した二人は、彼女をカフェへ連れて行き、協力を要請した。
「なるほど」
話を聞かされたイルダはこくりと頷いた。
「月食を利用した儀式魔法ですか。図を見る限り、私の知らない魔法のようですね」
「そんなわけだから、宝石を貸してもらえるとうれしいんだが」
いちごは、乱暴な口調と裏腹に、丁寧に頭を下げた。それに続いて、りくもぺこりとお辞儀する。
「ちょうどルビーの原石が手に入ったところですし、興味深い話でもあります。いいでしょう、お貸ししましょう。ただし私も立ち会わせてもらいますね」
「ああ、構わないぜ。時間は7時からだから」
「今は……もう6時じゃないか。じゃあ、ここで飯喰ってそれからにするか」
りくの提案に、いちごは乗った。
それからおのおの好きな食べ物を注文し、腹ごしらえする。
「おーい、いちごー」
脳天気な声が呼びかけてきた。確認するまでもない。5号である。彼もちょっと早い夕食に来たらしい。
「イルダさんと一緒なんて珍しいな」
「これから用があってな。協力してもらうんだよ」
カレーライスを口に運びながらいちごは言う。
「なにかするの?」
5号は、イルダに向き直って尋ねた。
「はい。これからお二方を男性に戻す儀式を執り行うのですよ」
「………………。おとこ?」
ぎぎぎっと首をきしませながら、5号はいちごに顔を向けた。
「じょうだんだろ?」
「いや、いたってまじめだが」
「嘘だと言ってよいちご!」
「本当だしな」
「まあ、そう言うなよ5号」
りくが助け船を出してくれた。
「りくちゃん!」
「元の戻るのは俺達の悲願なんだよ。解ってくれよ。な?」
「う……、うわーん! 男のいちごなんて嫌だー!」
5号は、りくの真摯な瞳に押されたのか、泣きながら去っていった。
「やれやれ。騒がしい奴だぜ」
肩をすくめるいちご。
イルダは5号が去っていった方向を、不思議そうに見ていた。脳天気でよく分からない行動を取るのは同じなのだが、普段の5号は、やはり彼は数学の天才なのだなと思わせるものを言葉の端に持っている。でもいちごがそばにいると、ただの脳天気馬鹿にしか見えないのだ。そのギャップが、イルダを戸惑わせているのだろう。
「いつものことさ」
「はあ……」
それでも、彼女は納得のいかない顔。
「ま、気にするなよ」
いちごはそう言うと、カレーライスを口にかき込んだ。
食事を終えた3人は屋上へ向かった。
途中、事務室によってチョークや他の道具を借りるのを忘れない。
「さて、時間だ。確か、屋上の真ん中にりくを立たせるんだったな」
「真ん中ね……ここら辺かな?」
適当に、りくが場所を見繕って立つが、イルダは首を横に振った。
「いけません。こういった儀式はちゃんと決められた通りにするものです。ここはちょうど長方形ですから……ここが中心ですね」
イルダがりくの手を取って、中心へ連れて行く。
時間はちょうど7時。空を見上げると、月がかけ始めていた。このまま行くと、月は隠れて、普段とは違う赤くて暗い色になる。
「よし。じゃあ描いていくか」
いちごは白いチョークを手にして、図を書き始めた。イルダは離れたところで見学している。
途中、何度も描いてはちょっと離れて見たりして、図の通りになっているかどうか確かめる。最初は容易いことだと思っていたいちごだが、しゃがみ込んで線を引くのは予想以上の重労働だった。
「あー……腰が痛てえ」
「手伝おうか?」
「おっと、りくは動くなよ。そう言うことになってるんだ。まあまかせろよ」
やがて、屋上に奇妙な図が書き上がった。空奈はゆがんでいても良いと言っていたが、いちごの性分だろうか、きっちり図と同じように出来ている。
いちごは図の外に出てイルダの隣に立つと、りくに声をかけた。
「よーし、時間もぴったりだな。じゃありく、早速やってみてくれ」
「ああ!」
りくは、イルダから借りたルビーの原石を月食ににかざした。そして、ルビーを通して月食を覗く。
「……」
「……」
「あれ、何も起きないな」
いちごは呟いてりくに近づこうとしたが、イルダはそれを押し止めた。
「待ってください。危険です!」
「へ?」
いちごが疑問符を浮かべたその時だった。
屋上に描かれた図が、一瞬だけ赤い光を放った。そしてその瞬間、異様な気配が生まれた。
「ふふ」
「どうしたりく!」
「ふはははは!」
高笑いと共に、りくの体が浮かび上がった。
「うわっ!」
いちごは思わず顔を背けた。赤い風がりくのからだから吹き出しているのが解る。これが月食の力という奴らしい。しかも風はどんどん強くなっている。
「すさまじい力です。際限なく力が増幅されていくのが解ります。正直これほどまでとは思っていませんでした……」
冷静そうなイルダだが、その声は僅かに震えていた。
「いちごっ!」
「なんだ!」
りくがこちらに顔を向けた。普段から赤い瞳が、月食と同じ濁った赤光を帯びている。普段と同じ幼女の姿なのに、おぞましいまでのすごみと美しさがあった。きっと伝説に出てくる大妖怪達はこんな感じなのだろう。もしこの場に妖怪ハンターみたいな人がいたならば、逃げ出すか、討ち死にする覚悟を持つ事だろう。
「まずいですね。これだけの力が暴走すれば、春さんでも……いえ、神でも止められないでしょう……」
暴走を心配するイルダの声。
彼女がこれまでのんきに見物していたのは、このハンター本部には強力な力がいくつか存在していることを知っていたからだ。儀式がでたらめならば何も起こらないし、成功すればそれで良し。自身の好奇心も満たされ、彼女たちは元の姿に戻れてめでたしだ。失敗したり暴走しても被害を食い止めるだけの力がこの組織にはある、そう踏んだからこそ見物に回ったのだ。しかしこれは予想外だった。
……まあ、イルダの恐れは杞憂に終わるのだが。
「すごいぞこれは! なんだって出来る気がする! 今ならきっと宇宙だって滅ぼせるぞ!」
ものすごい告白をするりく。しかしいちごは汗の浮かぶ手を握りしめた。
「じ、じゃあ、俺達を元に戻すなんて簡単だよな!?」
「当然だ!」
そう。今のりくには、元の姿に戻ることしか頭にないのであった。
「よーし、聴け! 華代被害を受けたハンター達!」
りくの声が屋上に響いた。いや、屋上だけではなく頭の中にも直接響く。念話で語りかけているのだ。
「元に戻りたいと願う奴がいたらそう願え! そうすれば俺が元に戻してやる! 解ったな!? じゃあ行くぞ!」
りくの体から、膨大な力が放たれた。その気になれば人の運命を変え、真城華代を滅ぼし、世界を再構築できるほどの力を持った赤い光だ。
そして……。
ある居酒屋の大部屋にて。
いちごたちは飲めや歌えやの大宴会を行っていた。
「はははっ、ほら、飲めよ!」
「いや悪いなあ。あはは」
そう笑いながら酒を交わし、友愛を暖めているのは、ごっつい男に戻ったいちごとりくである。これがあの可憐な少女だったなど、誰も信じないだろう。
他にも、12号、32号、35号、57号、61号、そして63号がお祭り騒ぎをしていた。
「100号! お前まで元に戻るとはちょっと意外だったな!」
いちごは、隣で静かにお茶を飲む100号に声をかけた。
彼は、ちらりといちごを見ると、いつも通りの冷静な口調で語った。
「女より男の方が都合が良いというだけだ。女は生理がある以上、どうしても精神にぶれが起きてしまう。常に万全の体制で仕事に当たるためには男の方が良い」
「でもよくここまでついてきたな。こういう席は苦手そうに見えるが」
今度はりくが尋ねた。
「そうだな。正直、自分自身も驚いている。だが、どうにも行くべきだという直感に逆らえなくてな……」
「ふーん? まあせっかくだから楽しんでいけよ」
それからしばらく宴は続き、宴はたけなわとなったところで客がやってきた。
空奈である。付き添いなのか23号もついてきている。
「おお! 空奈じゃないか!」
いちごは笑顔で出迎えた。
「おかげで見てくれよ、すっかり元通りだ」
分厚くなった胸板を叩きつつ、野太い声で喜びを表現する。しかし空奈はひどく浮かない顔をしていた。
「それがいちごさんの姿なのね。向こうがりくさんかしら。写真では見たことがあったけれど、こうしてみるとやっぱり大きいのね」
「はっはっは、照れるなあ」
いちごは頭を掻きつつそう笑った。普段のいちごならしないだろう態度だ。よほど浮かれているらしい。
「でも残念だわ」
その声は、大部屋全体に響いた。当人は控えめに声を出したつもりだろう。でも、彼女の声は高く澄んでいてよく通るのだ。
「な、なんのことだ?」
不吉な物を感じたのか、りくが尋ねた。
空奈はため息をついて答えた。
「あなた達は……運命を変えられなかった」
「…………へ?」
「言ったはずよ。元に戻るだけならば方法はいくつかある。でも運命が邪魔をするって」
「ああ、だからこうして……」
「元の姿に戻った。それだけでしょう」
いちごの台詞を遮って、空奈は言った。
「……………………あ」
「とても残念だわ」
そう言って空奈は首を振る。それと同時だった。いちごの背丈が縮んだ。りくも縮む。他の男達もだ。そして服が変化していき……その場に男は23号だけになった。
「…………」
メイドになったいちごは声が出せない。うさ耳少女になったりくは固まっている。他の連中も茫然自失。
「ふむ。女に戻ってしまったな」
一人だけ冷静な100号が呟くと同時に、声が聞こえてきた。
「いちごおおおおおおお!」
凍り付いた大部屋に、もう一人、客が飛び込んで来る。
「いちご! 会いたかった!!」
5号がいちごに抱きついた。いちごはなんの反応も示さない。
「迎えの車は用意してあるわ。服は、持ってこようとも考えたけれど、着替える気力はないだろうから持ってこなかった。それじゃあ、ね。行きましょう、二岡さん」
「あ、うん。それじゃあ失礼します」
「……ふう、鬱だわ」
空奈は、23号を伴って出て行った。
大部屋は相変わらず凍っている。
「ああ、いちご! やっぱりいちごはこうじゃないと! 男のいちごなんていちごじゃない! 華代ちゃんに頼んだ甲斐があった!」
5号の叫びに、いちごはぎぎぎいっと動いた。
「貴様、真城華代にお願いしたのか」
「ああ!」
5号は、親指を立てて頷いた。良い笑顔をしている。しかし笑顔なのはいちごも同じだった。りくも笑ってるし、他の連中も。35号など、笑顔のまま裾から大太刀を抜き出している。ただ、100号だけはやれやれと肩をすくめていた。
「あれ? いちご、どうしたの?」
それが5号の本日最後の言葉になった。
「そうか。解った、戻ってきて良いぞ。ではな」
病院にいる部下からの電話を切ったボスは、目の前に立つイルダに向き直った。
「それで、彼の容態は?」
「なんとか峠は越したようだ。その場に100号と救急車がいたのがよかったな。5号は運が良い」
ボスは、やれやれと首を振りながら答えた。ちなみに、その場に救急車がいたのは、あらかじめ空奈が呼んでいたからである。
「まあ話は分かった。ちょっと変わってはいるが、結局いつも通りのことになったな」
「はあ……。しかしあの儀式はなんだったのでしょう? 恐ろしく強大な力を生んでいましたが」
「ああ、月兎の秘奥か。影鳥に伝わる儀式の一つだな。特殊な方陣の中、汚れのない兎の瞳に、無垢な宝石で集めた月食の魔力を注ぎ込む。そうすると魔力は兎の瞳の中で増幅されるから、あとは瞳から力を引き出しておのれの力に変えるんだ。だが、兎は月食の力に耐えられずにすぐ死んでしまうから、得られる力は大したほどではない。それに、月食が雲などで遮断された時点で力は消えるしな」
「まさか、生け贄を捧げて力を得る儀式だったのですか?」
「そうだ。だがりくは人であると同時に兎でもあるからな。自分自身を使えばいい。りくは黒兎、しかも華代の力を受けて変化した兎だから月食の力にも耐えられるし、ハンター能力を操る人間だからその応用で力の制御も出来る」
「しかし、万が一のことがあれば大惨事になるのでは」
「ならないさ。制御できることは解っている。空奈が大丈夫と言った以上、儀式自体は成功する。あいつはそのあたりは完璧な奴だからな。あとは力の悪用だが、それもない。実際あの時、りくは元に戻ることで頭が一杯だっただろう? 万が一のことがあっても、月食を覆い隠せばそれですむ。それをとっさに行うだけの知識と力を持つ者がここにはいる事を、君は知っているだろう」
「なるほど……」
イルダは納得したようだった。
「でも、よく知っていますね」
「こう見えて博識なのさ」
ボスはにやりと笑った。実に食えない笑顔である。それを見たイルダは一つ疑問に思った。そんな知識があるなら何故、真城華代対策に使用しないのだろうか。
ボスは、イルダの疑問に気がついたらしい、笑顔をちょっと苦いものに変えた。しかし、あえて答えを口にすることはなく、替わりに別のことを言った。
「それにしても、いちご達は例によって引きこもりか……。これもいつも通りだな。まあ今回ばかりは、3日くらいは休暇をくれてやるか」
「それが良いと思います」
イルダも疑問を胸にしまいこみ、賛同して頷く。
「まあ宝石も無事でしたし、今日はこれで良しとしましょうか。それでは、私は失礼しますね」
「ああ」
イルダが去っていき、部屋にはボスだけが残った。
「しかしうちの最強力の一つを使った結果が重傷者一名と引きこもり多数とはな。どうせ5号はすぐ復活するだろうし……。やれやれだな……」
ボスはそう呟くと、立ち上がって部屋を出た。
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