|
|
『なぜこんなことに……』
二岡はぼやいたが、口はもちろん開かなかった。ここに来るまでに、幾度と無く自力で動けないかとがんばってみたけれど、全くの無駄だった。そもそも二岡は、ハンター能力が使えるだけの一般人なので、どうにもならないのが当たり前であった。
眼前では変な髪型……というかカツラなのだが、そいつをかぶった男達が、自分を、正確には自分に取り憑いたカツラを崇めている。
「うむうむ。良きかな良きかな」
カツラは機嫌良さそうに頷いた。
いま、二岡は着物を着込んでいる。街の着物屋で、214980円で購入した着物一式である。これは明らかに予算オーバーであり、二岡の財布は残金593円になってしまった。
着替えの最中、カツラは本当に目を閉じたまま着物を着込み、再び目を開けたのは完全に着込み終えた後だった。二岡は殺意の波動に目覚めそうになったけれど、鏡に映った自分の姿を見て怒りは一瞬だけ吹っ飛んだ。二岡の好みにジャストアタックだったのだ。これが俺? 等のお約束の台詞を心中で呟いたりもしたが、物理的な行動は何一つ出来ないので、やっぱり怒りは再燃した。
文句を垂れ流し続ける二岡を、カツラは口笛を吹きながら無視し、適当に目に付いたらしい美容室へと入っていった。
「いらっしゃいませ〜」
男性の店員さんが笑顔で出迎えてくれた。店内は、店員さんとお客さんがちらほらと見受けられた。女性はいないらしい。どうやらメンズが集まる美容室らしかった。
カツラは挨拶をしてくれた店員さん1に歩み寄ると、二岡の想像を超えた行動に出た。
「なんじゃその髪は。気に入らぬぞ」
「え?」
いちゃもんである。当然、店員さん1は困惑する。だが真の驚きはここからであった。
「ずえりゃああああああああ!」
カツラは、天井すれすれまで飛び上がると、そのまま落下して……。
どすん。
チョップの割には重たい音がして、店員さん1は白目をむいて倒れた。
『なにしとんじゃこらああああ!?』
「ダイナミックチ」
『それ以上言うなああああ!』
「ちっ」
カツラは舌打ちすると、倒れ伏した店員さんに目を向けた。
『こ、これはっ』
二岡は驚愕した。
店員さん1の髪に異変が起きたのだ。髪が抜け落ちて、しかも床上で複雑に絡み合っている。それを見た店員さん2は、小さく悲鳴を上げた。
はっきり言って、気色悪い。
『どうなってるんだ……』
「どうもこうもない。見ておれ」
皆の見守る中、髪の毛は複雑にうねり狂って、やがて一つの形になった。
「モヒカン……」
客の誰かが呟いた。
そう、抜け落ちた髪の毛は、モヒカンのかつらへと変貌を遂げたのである。しかも、緑と赤と青の三色モヒカン。
カツラはそのモヒカンをひっつかむと、倒れている店員さん1を抱き起こし、モヒカンを頭にかぶせる。すると、店員さん1が目を覚ました。
「目覚めたか、部下1よ」
「はっ」
店員さん1改め部下1は、これ以上ないほど真面目な顔で跪いた。まるで王に忠誠を誓う騎士のようだ。
『なんだこれ……どうなってるんだ?』
「説明しよう。わしの手刀を受けたものは、ことごとくわしの部下になるのじゃ!」
『な、なんだってー!?』
ざわめきが店内に波紋のように広がった。
「う、うわー!」
客の一人が悲鳴を上げて逃げ出すのを皮切りに、他の男達も出口へと殺到していく。
「ふふふ。無駄無駄。無駄なのじゃ。ふんぬ!」
気合いと共に、二岡の髪と言うかカツラが伸びて、超ロングヘアになった。二岡の目の端に、ロングヘア姿の自分が鏡に映っていて、それはそれは美しかった。
カツラは腕を組み余裕の笑みを浮かべながら、その長く伸びた髪を器用に操って……いや、本体なのだから操るも何もないのだが、とにかく逃げ纏う男達を次々に捕らえて、引き寄せた。そして、チョップを喰らわせる。
「あいたっ」
「ぐふっ」
「ぎゃん」
「あうち」
男達の悲鳴が響き渡り、室内はすぐに静かになった。
二岡の目前には、個性的なかつらをした男達十名ほどがかしずいている。
カツラは満足そうにふんぞり返り……、それで今に至るわけだった。
「さてと。では早速じゃが、お主らに働いてもらうとするか」
「なんなりと」
部下1が代表して答え、顔を上げた。
「まず外を見よ」
実際には音などしないのに、ざっ、と音が立ったと錯覚するほど正確に、部下達は顔を外へと向けた。
「どいつもこいつも、傷んだ髪をしておる。実に気に喰わぬ。奴らは皆、わしが生み出したかつらをして生活するべきじゃ」
「その通りでございます」
間髪いれず、ドリル頭の部下2が頷いた。
「かつらをせずとも良いのは、美しい髪の人間だけなのじゃ。それらが上、それ以外が下じゃ。解るな?」
どういう理屈だよ、と二岡は思ったが、男達はまったく疑問に感じないらしい。
「はっ」
「つまり、お主らがすべき事は二つ。一つは、ふざけた髪質の者達を捕らえて髪を剃り、かつらをかぶせること。もう一つは、美しい髪質の者達を捕らえて髪を切り、それでかつらを作る事じゃ」
「はっ」
「では行くぞ!」
「はっ!」
カツラは意気揚々と店を出て、二岡はひっそりとため息をついた。
「えっと……あれ、そうじゃないのかな」
呆然とそれを見つめながら、臼井が言った。
「まあ、そうなのでしょうね……」
困惑の表情で、空奈が頷く。
「あの美人さんの頭に乗ってる奴っすね。間違いないっす」
日傘をくるくる回しつつ、一人だけ明るい顔でネーゼが言った。
コンパスのようなものの導きで街にたどり着いた三人の目前には、異様なほど真面目な顔とおかしな髪型で御輿を担ぐ男達。その御輿には、黒髪の和装美人が乗っていた。会ったことがないはずなのに、なぜか見覚えがある女性だった。
今まで彼女が一体何をしてきたのか、どうして御輿で担がれることになったのかはまったく解らないが、とりあえず男達を操っていることだけは解った。
「あれって……ハンターの職員さんよね?」
「まあ、その可能性は高いし見覚えある気がするけど……。あんな美人いたっけ?」
空奈の問いかけに、臼井は考え込むように腕を組んで答えた。あれほどの美人なら、本部内で噂にならないはずがない。でも知らない顔であった。
10秒ほどだろうか。沈黙が続いて、ネーゼがぽつりと呟いた。
「あれ、にいさんじゃないっすか?」
「……二岡くん?」
「そう言われると……」
三人はそれぞれの眼でよく美人を観察する。
「ああ、二岡くんだね」
「本当に二岡さんね」
「きっとカツラの魔力って奴であの姿になったんすよ」
三人は、同時に断定した。
「でもとても美人だよね。女性の姿だと」
「女性として生まれていればさぞもてたでしょうね。女性として生まれたならば」
「男の時はパッとしないんすけどねえ。人間、解らないもんっすね」
あんまりといえば、あんまりな感想であった。
「むっ?」
見つめていると、向こうも気が付いたらしい。二岡(女)が立ち上がり、こっちを向いた。
「ほほう、すばらしい。あれは良い髪じゃ……」
うっとりと三人の髪を見つめている。こんな時は必ずと言っていいほど無視される臼井の存在にも気が付いているらしい。それにしても、妖艶な表情をしている。匂い立つようだ。
「なぜかしら、敗北感を感じるわ」
「まあ空奈ちゃんには色気が無いっすからね」
「貴女も無いじゃない。凹凸も無いし」
「……」
「……」
「いや今はケンカしてる場合じゃないから」
臼井に咎められて、二人は寄せていた顔を放した。
「見たところ、やっぱりカツラに支配されてるね。あれ、外せば良いんだよね?」
「そうっす。取りゃ、にいさんも元に戻るはずっすよ」
臼井の問いに、ネーゼが頷く。
「簡単ね」
「簡単っすよ」
空奈とネーゼは、二岡(女)とその取り巻きを余裕の表情で見つめながらそう言った。
「じゃあネーゼ、ちょっと行ってきなさいよ」
「あはは、空奈ちゃん余裕なんしょ? 譲るっすよ」
しかし二人は腰が退けていた。悲しいかな、二人とも体育会系の行動は苦手であった。
「ようし部下共よ、あの三人を捕らえるのじゃ」
「はっ」
命令を受けた数十の男達が、どこかの兵隊さんみたいに整然かつ勢いよく押し寄せてきた。
「きゃあ!」
「ひい!」
空奈とネーゼは悲鳴を上げながらも、素晴らしい身体能力で男達を華麗に交わす……ことなんて当然出来ないので、あっさり捕まってしまった。肩に担がれ、二岡(女)の元へと送られる。
「は、放しなさいよっ!」
「どこさわってんすか!?」
「あー……やっぱり捕まっちゃったね……」
じたばたする二人を尻目に、一人逃れた臼井がぼやいた。
「むむ? 黒髪……ほう臼井というのか、おぬし良い動きをするのう」
「それはどうも」
捕まえられなかったのが意外だったらしい。二岡(女)は感心したようだった。
「じゃが、人質があれば捕まらざるを得ないのではないか?」
「それはまたごもっとも。さて、困ったな」
臼井はそう言い返しつつも考える。
今さっき聞いた台詞。ほう臼井というのか。となると考えられるのは二つで、一つは二岡の精神が今も働いていること、もう一つは記憶を勝手にあさることが出来るということ。
(きっと前者だろうな。後者も出来そうだけど。でもまあ、それはどうでも良いとして)
問題は、どうやってあのカツラを引き離すか、であった。それさえ出来れば、捕らわれた二人を助けることにもなる。
一人で何とかするのは……どうにもスマートにとは行きそうにない。しかし二岡(女)の側にはネーゼがいる。
(それなら、なんとでもなる。いや、なんとでもしてくれるかな)
相手はまったく気が付いていないけれど、すでに詰みの状態だ。臼井は一つ頷くと、何時の間にやら自分を包囲していた男達に目をやった。
「あ、ちょっと待ってて」
「?」
制止してくる臼井の言動に、小首をかしげる二岡(女)。
ゆっくりとトランクを開き、中から目当てのものを取りだして、それから風向きを確かめた。
「うん、良好。じゃあ、ちょっと眠っててね」
臼井は、白い粉をばらまいた。それは風に乗って男達を包み込み……、やがてばったばったと彼らは倒れていってしまった。
「ごめん。一応、後で診てあげるから、許してね」
「ね、眠り粉!? おぬし、どこぞの忍びじゃ!?」
「あー。そのつっこみって二岡くんっぽいよね」
思ったことを口にすると、二岡(女)はむっとした。
「わしのどこがこのゴボウみたいだというのじゃ!」
「ええと、性格かな?」
二岡とあの女性(カツラ)の意識は全くの別物ではあるけれど、臼井はなんとなく近しいものを感じた。もしかしたらあれはあれで良いコンビなのかもしれない。カツラといいコンビと言われたら、二岡は怒るかもしれないけれど。
「むうっ! 決めたぞ、まずはおぬしの髪をかつらにしてくれるわ!」
場違いなことを考えていると、二岡(女)は、髪の毛をぐいーんとのばしてそれで攻撃を仕掛けてきた。
「うわっ」
臼井は横に飛んでかわした。しかし髪の毛は幾筋にも分かれていろんな方向から攻撃してくる。ひっきりなしに襲い来る髪の毛を、時には避けて時にはトランクで払いながら、一歩ずつ御輿に近づいて行く。
「ええい。これならどうじゃ。髪の毛ニードル!」
「そんな微妙に気を遣って……あいたたた!」
針のような髪の毛が雨のように降ってきて、臼井は慌てて退避した。しかし数が多いので結構な量の髪の毛が刺さってしまった。痛い。しかしこれでいいのだ。臼井は、未だ担がれたままの空奈とネーゼにウインクを送った。ネーゼはきょとんとしたけれど、空奈は即座に気が付いたらしい。左足で右の靴を半脱ぎにすると、それを蹴り飛ばしてネーゼにぶつけた。そしてすぐさま二岡(女)に目線を飛ばす。
これでネーゼも気が付いたらしい。即座にコウモリの群れに姿を変えると、ふんぞり返って高笑いしている二岡(女)に突進していった。
「ははははは。は?」
途中で、ネーゼがコウモリに変わった事に気が付いたらしく、笑いが凍り付いた。
「なっ、まさか、吸血鬼!? 馬鹿な、そんな気配は欠片も……うぎゃああ!?」
驚きのあまりか対処が遅れた二岡(女)はコウモリに包まれて……カツラをはぎ取られてしまった。
「残念。生憎だけど、わたしはちょっと普通じゃないの」
人型に戻り、うごめくカツラを片手ににやりと笑うネーゼの姿は、どこかの王女様のようであった。
『うう……口惜しや……』
その言葉を最後に、カツラは動きを止めた。
それと同時に、操られていた男達はすべて倒れて、ついでに髪型も元に戻った。
ぽんっと音がして、二岡も元の男の姿に戻る。
「やった元に……もどっ…た…ぐ……ぐええええええ」
体は元に戻ったけれど、服装はそのまま。男と女ではウエストのサイズがまるで違う。つまり、帯で胴体を締め付けられた状態になってしまったのだ。
「あ。あー、にいさん? 今解くから我慢してほしいっす」
「何、悠長なこと言ってんのよ!」
ネーゼと空奈が一緒になって帯を解きにかかる。
そんな姿を見て、臼井は一言。
「あの……僕も怪我してるんだけどな……」
今更な感があったので、臼井はそれ以上はぼやかずに自分の手当を開始した。
さて夕方。
お日様が沈む寸前のハンター本部前。
二岡と空奈、そしてネーゼが佇んでいた。臼井はいない。怪我が結構痛むらしく、一足先に部屋へと戻っていった。
「いやあ、なんて言ったらいいのか本気でわかんないけど、とりあえずそのカツラは二度と勘弁だよ」
「ははは。こいつはもう、厳重に封印するっすよ。てかさせる。絶対させる」
ネーゼは、引きつった笑いで二岡に答えた。
「で、そのなんて言ったっけ。月編って吸血鬼の人だっけ?」
「わざわざ来させるの? カツラ、持っていってあげれば良いじゃないの」
そんな二岡と空奈の言葉に、ネーゼは腰に手をやって、憤然として見せた。
「迷惑かけたんすから、謝りに来させるのは当然っすよ。まったくあの馬鹿は、本当に馬鹿なんすから」
そんなことを言っている間に、お日様は完全に顔を隠してしまい、夜が訪れた。
世界が深い紺色に染まったその時、二岡達の目の前にふすまが現れた。普通のご家庭にあるような生活感溢れるふすまである。それが左右に開いて、中から女性が現れた。
二十歳に届くか届かないかといったところか。足まで届くほど長い黒髪で、和風のお姫様といった感じ。豊満で美しい娘だったが、服装は大工さんみたいだった。腰に巻いた帯には無数のポケットが付いていて、いろんな道具が収まっていた。
彼女はかかとをならし、びしっと背筋を伸ばすと、旧日本軍人みたいに敬礼をした。
「月編シチリ、はせ参じました!」
「遅いわっ!」
「あうっ」
ネーゼにカツラを投げつけられたシチリは、情けない悲鳴を上げた。
「まずにいさんに謝れ! それから後でわたしにも謝れ!」
「は、はいぃ! このたびは、わたくしの発明品のおかげで、ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありませんでしたっ!」
シチリはぺこぺこと頭を下げた。その様子があまりにも必死だったので、二岡は彼女を押しとどめるように両手を広げつつ、笑って見せた。
「いやいや。大事にならなかったしね? でもその、次からは気を付けてくれるととってもうれしいよ、うん」
「はいっ。善処します!」
最敬礼で答えるシチリ。そんな彼女の腕を、ネーゼはため息混じりで手にとった。
「それじゃ、にいさん、空奈ちゃん。こいつはあたしがしっかり説教しておくので、安心してほしいっす。つうわけで、これにて失礼するっす」
「失礼しましたっ!」
こうして、二人はふすまの向こうへ消えていき……。
「ほらさっさと歩く! 向こうに着いたら反省文50枚書かせるから覚悟なさい!」
「はーうー。それはあんまりであります霧ちゃん……」
そんなかけ合いを遮断するかのようにふすまがしまり、瞬き一つする間に消えてしまった。後は、闇だけが残る。
「なんだか……さすがはネーゼちゃんの友達だねって感じがするよ」
「類は友を呼ぶのかしらね……」
自分たちのことを棚に上げた二人はそう言葉を交わすと、本部へと戻っていった。
後日、シチリからお詫びの印にと小さなお守りが送られてきた。
それはそこいらの神社で手に入るような安っぽいお守りに見えたけれど、ちゃんとすごい力があるらしい。
そのおかげで、二岡と空奈は窮地を救われることになるのだが……、それはまた別のお話。
http://brownmint.web.fc2.com/
|
|