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良いお天気でした。
仕事で朝日山の頂上ですばらしいパノラマを堪能しました。先週末のの夕日のきれいな日には金倉山に車で行き、夕日に子供達の健康と安全をお願いしました。
さっき帰宅すると、夕方の決まった仕事をしていないJO2,JO3に大目玉を喰らわせました。
さて、今日は中越地震から5年でしたね。さっき見事な花火も上がりました。
あんな思いは2度とイヤだと思っている私です。
本日の朝日山へは車で行き、タイムラグがあるため1冊の冊子を持参しました。空いた時間に読んでいました。地震で3人の小学生が亡くなった集落の記録集です。
6年生二人と5年生一人。
もちろん当時も鮮明に覚えており、心から気の毒に思ったのです。しかし・・・
一人の男の子は、お母さんに抱えられるように倒壊した家屋の下敷きになりました。
お母さんは、少しでもお子さんが痛くないように受傷が最小限で済むように、自分の腕に子供を抱え込んだのでしょう。そのお母さんの上に、大きな梁が落ちてきていたのです。
地域の人が投光機やチェンソー、バール、大型ダンプの油圧ジャッキを持ち寄って懸命に救出します。居場所を掴んだ頃にはまだ、男の子は「痛い、痛い」と声があったそうです。
大きな声を出したあと、声が無くなり・・・。お母さんを先に引き出し、彼を引き出したときにはすでに息が無く、蘇生法をいつまでも試みましたが・・・まだ体は温かかったのに・・・。
お母さんは重傷。先に引き出された戸板の上で一言「死んだ」と言った、と書かれていました。自分の腕の中にあった我が子のことです。
こんなことが、本当に、実際に、あったのです。お母さんはどんな思いで・・・
かばおうとして、子供に被害が及ばないように抱えた腕の中で、今まで痛い痛いと言っていた我が子が腕の中で・・・
お父さんは町に出ていて、我が子のことを報道で知ったといいます。
最後の試合の前に、このような書き込み、ごめんなさい。
JO1もJO2もJO3も、何より母親である私自身、今ある幸せを感じずにはいられなかったのです。やれ新型インフルだ、試合だの。練習がつらいと嘆くこと、手伝いを終えてないと叱ること、お天気に山の頂上からすばらしいパノラマを眺めること、すべてすべて。
あのときの5年が長男です。そして今、6年が次男です。昨日聞いたら、三男は避難所の様子は覚えているけど、あの「揺れ」は覚えていないそうです。
今週の初めから、最後の試合に何か書き込みしようと思いながら今日。
意気消沈しちゃったかな?
野球が出来る幸せ、応援できる幸せ。
今までコーチに教えてもらったこと「すべて」を、あらいざらいグラウンドに置いて来よう。余計なこと考えないでさ。
それが君たちを取り巻くすべてへの「感謝」としてふさわしいこと。
そして何より、な・に・よ・り!
楽しく野球を試合をやってこよう!!つまんないこと考えずに。無心で楽しむ!!
おっしゃ、私も最後の試合当番、頑張るぞー!!否!いつも通り当番してきますです。
(強面ながら感化されやすい「安い」女でさ、私も。お恥ずかしや〜。長々すいません)
では、明日!!
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