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遅くなりましたが、拝見しました。
いまの学校制度では、単なる「お勉強」にすぎないという見解があります。
それは、とくに、大学の先生の意見によるものです。
そういう制度による箍・足かせに順応するタイプと、適合できないタイプとに
大きく分けることができるでしょう。
手を取って教えてもらう。
そういうのが適合できない人がいます。
そういう典型は、司馬遼太郎先生、谷沢永一先生などが、そうです。
学校に反発しつつ、自ら求めるものを探っていく。
最終的に、社会人になるとは、一つの専門に限定していくことですから、
その限定するに、本流の学習、支流の学習、傍流の学習、ため池の学習と、
いろんな人の支援を受けながら、また、識者の意見を伺いながら、
最終的に、自分で決めていく。
現状を見ていますと、いまの学校制度の中では、小さくまとまるのはやむを得ないのでは
ないかと思います。
あとは、年月をかけて、そういう箍からいかに脱却していくか。
世阿弥の『風姿花伝』、伝聞録『論語』などを拝読しますと、
17−23歳においては、不断の精進あるのみ、の感がします。
で、やはり、決定的なのは、その人の置かれた環境に左右される、と。
いかなる人脈の中で、学んでいくのか、そして、学会なりで意見を発表していく、と。
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